旧齋藤家別邸

旧齋藤家別邸

新潟市中央区
西大畑町576番地
行形亭(いきなりや)様隣

☎025-210-8350

※専用駐車場はございません。
できるだけ公共交通機関をご利用ください。
通常、庭園や建築物を広く公開しておりますが、天候や管理上の都合により公開や入場を一部制限する場合があります。
誠に申し訳ございませんがご協力をお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

燕喜館=かつての齋藤家本邸の一部を白山公園内に移築再建。

 

旧小澤家住宅=みなとまち新潟を支えた商家の佇まい。

 

日本料理行形亭・当館・北方文化博物館新潟分館のお食事・見学パック

 

古くてアートな西大畑・旭町界隈のご案内

 

新潟市公式観光情報サイト

 

新潟Niigata City Wi-Fi
旧齋藤家別邸について

西大畑 お屋敷めぐり

当館と北方文化博物館 新潟分館は白壁通りを挟んでお向かいどうし。
当館とは対照的な「枯山水池」と「洋館」を持つお屋敷です。
両館を楽しめるお得なチケットで、お屋敷町の風情を堪能しましょう。

 

■ 北方文化博物館新潟分館・旧齋藤家別邸 共通入館券
「西大畑 お屋敷めぐり」 チケット

一般 590円
(販売当日のみ有効で、一般料金の合計よりも160円安く入館できます)

“新潟の粋” 国指定名勝 旧齋藤家別邸

大正時代の新潟町の繁栄を思わせる文化遺産、旧齋藤家別邸です。 まずは当館の見どころからご紹介します。

港町として発展した新潟は様々なヒトやモノ行き交う一大文化拠点でした。 ここを造った齋藤家は新潟三大財閥の一つであり、「豪商」として栄華を誇った名家です。 そんな齋藤家がごく限られた賓客をもてなすために「迎賓館」として築いたのがこの場所なのです。その神髄は建物と庭園の最高の調和「庭屋一如」。贅を尽くした新潟文化の美と繁栄の歴史を探訪しましょう。

それぞれのお座敷から庭園を

 

~1階大広間~

ここを訪れた賓客たちがまず通されたメインのお座敷です。入ってすぐに目に飛び込む広大な日本庭園。ガラス戸は全て開け放つことができ、建物と庭園は自然にひと繋ぎの景色として溶け合います。この両者の一体感こそが「庭屋一如」。旧齋藤家別邸を貫くコンセプトです。

 

大庭園を望む大広間は書院造で、格式高く作られています。

 

月の字崩しの欄間

 

ひとつの大きな庭園が、ここから部屋を移動するたびに全く異なる景色を見せてくれます。違いを楽しんでご覧ください。

 

 

~四畳半茶室~

隣の大広間と変わって庭の池をほとんど望むことができません。見えるのは梅と丘へ続く石階段です。茶室として使われたお座敷なので、「わび・さび」を意識した眺めになっています。 部屋の造りも天井を低く、竹や皮付きの柱などを用いて格調を抑えてあります。

 

 

~西の間~

齋藤家当主がプライベートに使ったお部屋。ここから見える庭はなんと竹林。欄間に彫刻されているのも竹。静かなたたずまいに、家の主も心落ち着く時間を過ごしたのかもしれません。二間続きになっていますが、8畳間は邸内唯一南向きであたたかな光が差し込みます。

 

~2階大広間~

庭園を見下ろす雄大な眺めがポイントです。賓客をもてなした広間もひとつひとつが趣向を凝らした造りです。

 

デザイン的なガラス窓

 

菊の透かし彫り(一枚板)

 

庭園ビューポイントめぐり

 

~石橋~

竹林脇の石橋上から全体を見渡してみましょう。石段の向こう、丘へ続く深い眺めや右手に広がる池や沢。いろんな景色が見えてきます。

 

 

~田舎屋~ 石段を登ったら必ず田舎屋には座ってみて。モミジに囲まれた里山にいるような風景が広がります。耳をすませば滝の水音や鳥の声が。

 

 

〜大滝〜

豪快な滝はなんと落差3.8m!新潟県産の高級石材「海老ヶ折石」で組まれています。

 

 

~中腹広場~

山の中程の開けた場所です。足を止めて振り返れば、旧齋藤家別邸の屋根の向こうに2つの高層ビルが並んで見えます。新旧時代の入り混じる不思議な景観。

 

 

~松鼓庵~

山頂のお茶室「松鼓庵」。茶室へ続く露地には銘木「根上がり松」が鎮座しています。町を海の飛砂から守り続けた大きな松です。自然の造形美、ぜひ見ておきたいですね。

 

こんな見どころポイントも探してみよう!

 

猪目窓(いのめまど) ハート形の窓。イノシシの目に似ているからこの名前です。縦横斜めと映る細い格子がオシャレです。

 

佐藤紫煙の板戸絵 館内3か所にある華麗な板戸絵は岩手県一関市の画家・佐藤紫煙の作。建物の築造とほぼ時を同じくして描かれ、およそ100年を経た現在でも鮮やかな色彩を保っています。

 

おなりはし 全国の名石が運び込まれた園内には、大名庭園から持ち込まれ石もあります。「おなりはし」と刻まれた石柱は、時の将軍がその大名庭園を訪れた際につくられたものだとか。

 

北方文化博物館 新潟分館とはどんな場所?

新潟市が輩出した優れた芸術家である會津八一。その才能は多岐にわたり、歌人・書家・東洋美術史学者・教育者と様々な顔を併せ持っています。 ここ北方文化博物館新潟分館はそんな八一が晩年を過ごした場所です。 (国登録有形文化財)

 

建てられたのは明治28年(1895)であり、もとは新潟市江南区沢海の豪農・伊藤文吉が別邸として所有していました。 伊藤家の本邸も北方文化博物館の本館として公開されています。

 

2階建て洋館 八一が晩年を過ごした終の棲家。昭和三年の築。八一自身はこの洋館を「南浜秋艸堂」と呼んでいました。

日本家屋部分 洋館と隣接する建物で明治28年頃の築。新潟市の建築家・玉野玉蔵氏の設計。

枯山水庭園を散策しよう

 

枯山水庭園は後藤石水の作庭。およそ120年前に作られた姿をそのままとどめており、静謐な景色は心を洗われます。 庭園は散策することもでき、園内には茶室「清行庵」や八一の歌碑もあります。

 

八一の歌碑 「かすみたつ はまのまさこを ふみさくみ かゆきかくゆき おもひそわかする」

 

清行庵 大正後期の築で、良寛の詩から八一がこの名をつけました。 扁額も八一の筆。

 

煉瓦塀 屋敷と隣の敷地を区切る塀。庭園側からはモルタル塗が、裏側からは煉瓦造りのアーチが見える。

 

伝統的な日本家屋を拝見

〜1階〜

 

「松風」 庭に面した1階は松風という名で呼ばれています。座敷には八一の書「北苑芳芬」の扁額が。「芳芬」とはよい香りのことで風が庭から運ぶ心地よい空気を思わせます。

〜2階〜

「潮音堂」 2階の座敷は潮音堂という風雅な名前です。この建物自体が日本海に比較的近い位置にあり、当時は海の波音が聞こえたため八一がそう名付けました。扁額の書はもちろん自ら筆をとったものです。陽光差し込む明るく開放的な座敷です。

 

室内の床の間には八一の掛軸、様々な美術工芸品が折々に飾られています。 よく見ると「潮音堂」の名に合わせたように、波間に顔を出す亀の透かし彫りがされた付書院などの意匠も見受けられます。

八一の息遣いに触れる洋館

現在の洋館は會津八一や良寛に関する資料の展示室になっています。

 

1階展示室 八一が書斎兼応接室として使った1階。 住まいだった頃、この書棚にびっしり並んだ書物に囲まれながら、愛用の机に向かっていたのですね。   こちらが會津八一愛用の立ち机。 シンプルですが、どこか重厚さを感じます。

洋館の2階へと続く階段 当時はこの階段の壁際には、書斎からも溢れ出した八一の書物が山のように積まれていました。 写真の踊り場の白壁には本棚の跡と思しき影が見えます。

 

2階展示室 当時2階は居間兼寝室として使われていました。 現在は新潟ゆかりの良寛さまの書画を中心に展示してあります。所蔵品である良寛の書は伊藤家が収集し北方文化博物館が所蔵するものです。 書家としても一流だった八一の作品と合わせて鑑賞してはいかがでしょうか?

 

「天上大風」良寛 子どもの凧作りの時に書いたもの。凧がよく揚がるようにと選んだのが、このことばです。